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今年も第8回「ゆうきフェスタ2007」にブース出します。12月2日(日)

Dec 12th, 2007 by admin | 0

ゆうきフェスタへパーマカルチャーのブースを出します。
出店内容は、ミミズコンポスト、風力コーヒーミル、パーマカルチャー関連の展示など。パーマカルチャーのDVD、書籍の販売もやってます。
ワークショップとして、箸袋チクチク縫い、My竹箸作りなど予定しています。
準備など手伝ってくれるスタッフも募集しています。

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第8回「ゆうきフェスタ2007」
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~こころに体に、自然においしい ゆうき!~
今年もまた、「ゆうきフェスタ」がやってきました。
昨年から始まった子供料理コンテストに加え、保育園による「食のある風景」絵画展
示や椎茸のこまうち(植菌)体験(1本500円で購入できます)などの新しい企画も
加わり、楽しさがバージョンアップ。
また、有機農業推進法の制定をうけ、特別ゲストとして坂本哲志衆議院議員、松野信
夫参議院議員をお招きし、「意見交換会・日本の農業の未来について語る」を開催し
ます。
もちろん、有機農産物の販売や有機食材で作った美味しい食事も多数!!!。
<日時>平成18年12月2日(日) 午前10時~午後4時
<場所>興南会館 (熊本市本山町131)
<入場無料>  
▼ステージ企画
 ・エプロンシアター   10:15
 ・キッズ料理コンテスト 10:45
   出場校 (出水小学校 力合・画図小学校 隈庄・当尾・太田郷小学校 白山小学校)
 ・天波博文さんのコンサート  13:45
▼有機農業推進法制定に伴い日本の農業の未来について語る(Dホール)
 特別ゲスト 坂本哲志衆議院議員
       松野信夫参議院議員
▼保育園児による『食のある風景』絵画展示
▼スタンプラリー  「ゆうき」を学ぼー
▼椎茸の植菌体験(1本500円で販売)
▼ 菜のプロジェクト
・ 菜種油の搾油実演
・ BDF製造実演
・ 廃食油やグリセリンを使う、ハウス用暖房器具の展示
▼土壌分析・施肥設計します(土壌分析と参考施肥設計併せて600円から800円
土壌分析希望者は採取方法があるので事前に連絡をし、当日土を持参すること
 0967-75-0881 キッチンガーデン)
▼ 風力コーヒーミル ミミズコンポスト
▼ 血液サラサラ検査
▼食や即売コーナー
 ~本物を食べてみて感じてもらう!おいしさと感動のブース!~
 有機野菜・おむすび・漬け物・みそ汁・だご汁・天然酵母パン・お好み焼き・コー
ヒー・パン・アイスクリーム・カレー・もち・合鴨焼き肉・キムチ・クッキー 等々
 
▼相談コーナー
・新規就農相談
・家庭菜園相談コーナー
======================   
主催・熊本県有機農業研究会 ゆうきフェスタ2007」実行委員会
   TEL 096-223-6771 http://www.kumayuken.org/
後援・九州農政局・熊本県・熊本市・熊本県教育委員会・熊本市教育委員会・熊日・
NHK・RKK・TKU・KKT・KAB・FMK
協賛・西部ガス・ティア

以下、当日の様子です。

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パーマカルチャー レクチャー&スライドショー in 佐賀

Oct 29th, 2007 by admin | 0

好評終了致しました♪
持続可能な暮らしのかたち 
パーマカルチャーと世界のエコビレッジ
期日:2007年10月26日(金)19:00 - 21:30
会場:アバンセ 佐賀市天神3-2-11 
   tel0952-26-0011
講師:設楽清和氏 
   パーマカルチャー・センター・ジャパン事務局長 
参加費:2000円
定員:40名(定員になり次第締め切り)
プログラム:
19:00~20:00  パーマカルチャーとは
20:00~21:45  持続可能な生き方 
             - 世界のエコビレッジ 
20:45~21:30  ワークショップ
             「私が住みたいエコビレッジ」
申込み:電話またはファックスにてお申込みください。
電話 090-9656-3804
FAX 050-3499-0402
※FAXでお申込みの場合は、氏名・住所・電話番号を明記くだ さい。

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秋野菜を育てよう2006年9月3日~コンパニオンプランツと野菜の寄せ植え~

Oct 23rd, 2007 by admin | 0

*ワークショップ実行可能な人数に達しなかったため中止致しました。

自ら食べる野菜を木製プランターに施肥し植え付け、食べれるまで育
てることを目標とします。プランターは持ち帰り家で育てます。
秋野菜(ほうれん草、大根、小松菜、キャベツ、二十日大根など)
【 日時 】18年9月3日(日曜日) 午前10時~午後4時
【 場所 】熊本県鹿本郡植木町豊田538 里奏園
【 募集人員 】20名
【 参加費 】1,500円(昼食込み)、学生、子供は無料
スケジュール
午前10時 現地集合
10時~10時30分 WSの説明、自己紹介
10時30分~12時 里奏園の鶏と堆肥の説明
12時~13時 昼食
13時~15時30分 種下ろし、プランターの秋野菜の寄せ植え
15時30分~16時 後片ずけ・終了
【里奏園の紹介】
有機農業里奏園オーナー、寄元和浩さんは、Uターンを機に脱サラ。自給自足を目標に、有機農業をいとなんでいます。
自然卵鶏400羽を飼い、5反の農地にアイガモ米を作り、季節の有機野菜を作付け宅配。大地の恵みを生かしながら、自力で古い家屋を改修し暮らしています。
* バスでお越しの方は事前にご連絡下さい。
* 必要な方は地図をファクスまたはメールで送りますので、事前にお知らせください。
●申し込み方法
参加を希望される方は、次の項目を明記してe-mailまたは
faxか郵送にてパーマカルチャーネットワーク九州までお送りください。
—————————————–
氏名
連絡先住所
電話番号
fax番号
e-mailアドレス
自己紹介
—————————————–
NPO法人パーマカルチャーネットワーク九州
〒862-0911
熊本市健軍3丁目27-7
TEL:096-365-2397
FAX:096-360-1319
E-mail:info@pcnq.net

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毎年恒例!新年もちつき大会と味噌開き19年2月11日(日)

Oct 23rd, 2007 by admin | 0

<!–

–>
好評終了致しました。

毎年恒例の新年もちつき大会を計画しております。PCNQに関係なくどなたでも参加して頂けます。
今回の内容
■もちつき・・・有機もち米を使って、杵と臼で作ります。お持ち帰りできます。

■11月に味噌作りワークショップで地元産の材料で作った手作り味噌の味見と料理も楽しみます。

■みりん作りに挑戦!・・・料理を美味しく引き立てる本格みりん作りに挑戦します。(当日作った”手作りみりん”が欲しい方は事前にご連絡下さいませ。)
【 日時 】18年2月11日(日)午前10時から午後3時まで
【 場所 】熊本県植木町一木282 土島邸 「蔵」
【 募集人員 】20名程度
【 参加費 】1,000円(学生500円、小学生までは無料)
<!–

車の場合
熊本市中心部より福岡・山鹿方面へ車で約30分。
高速道路利用の場合は、「植木インター」で降りて国道3号線を熊本市内方面へ。ドラッグストアと平田機工かど手押し信号から西側へ曲がり約500m直進すると突き当たりの家です。途中、天浅宮一木神社が目印です。
googleマップ
バスでお越しの方は事前にご連絡下さい。
必要な方は地図をファクスまたはメールで送りますので、事前にお知らせください。

●申し込み方法
参加を希望される方は、次の項目を明記してe-mailまたは
faxか郵送にてパーマカルチャーネットワーク九州までお送りください。
—————————————–
氏名
連絡先住所
電話番号
fax番号
e-mailアドレス
自己紹介
—————————————–
NPO法人パーマカルチャーネットワーク九州
〒862-0911
熊本市健軍3丁目27-7
TEL:096-365-2397
FAX:096-360-1319
E-mail:info@pcnq.net
–>
当日の様子は続きをどうぞ!

天気に恵まれ多くの方に参加して頂きました。
薪を自分達で割って焚き火やカマドへ、暖かい火の周りに集まって和かな交流が出来ました。

子供達もお手伝い。つきたてのオモチはつまみ食いが美味しい。

土蔵の中で出来立て味噌の説明。

出来たオモチは持って帰りました。
手前がアンコ入り(^_^;)

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『美しい田舎に暮らす』シンポジウムの開催2005年5月22日(日)13:00~

Oct 23rd, 2007 by admin | 0

好評終了致しました。

小さなコミュニティの創造に自ら参加し住まいの地を自ら耕し菜園を作り、緑と光に囲まれた住まい、水辺のある庭。そして、おおらかに子供が育つように、あるいはセカンドライフを満喫できるように「住みやすさ」を考えた美しい田舎暮らしを創造する希望の家を創ろう! 今、私たちは本当に美しい暮らしを創造しようとしているのでしょうか?予算やデザイン、個性ある住まいづくりを考えるのは良いのですが、醤油や味噌をかりる近所づきあいや近所の住人が子供のお世話をする「すみやすさ」についてはあまり考慮されていないように感じます。新しく住まう場所や分譲地にも「すみやすさ」を考慮したデザインが必要です。

■講演 
グリーンライフの時代が始まった 講師 熊本大学教授 佐藤 誠
大都市、大企業の「喪われた10年」は農山漁村の「再生の10年」
「百人一様のハピネス」めざす工的社会から「百人百様のしあわせ」めざす農的社会へ
テーマ 居心地が良い暮らし 講師 河野奈津子
ニュージーランドの環境を配慮した分譲地アースソングビレッジの話やオーストラリアの「自然の法則を活かし、ものごとをじっくり見つめ、自分の周りのものや人、生き物たちとの『つながり』を大切にし、暮らしをデザインしているサイトの報告
・河野奈津子:NPO法人パーマカルチャーネットワーク九州理事。2001年パーマカルチャーコース(岩手県)終了。
2003年~2005年の1年4ヶ月AU・NZへ渡る。宮崎県在住。元新聞記者。環境、自然関係に強い。

■シンポジウム  『美しい田舎に暮らす』とは
パネラー 佐藤誠 河野奈津子 小川道子  コーディネータ 松下修

パネラー 小川道子 一級建築士、小川建築事務所。自然素材を使った家づくりをしている。
生活に優しい建築を目指し、女性の視点からシンプルな暮らしと町並みを提唱。
コーディネータ 松下 修 NPO法人パーマカルチャーネットワーク九州 代表理事。
地域に抱える課題を解決するために継続的になりたつ仕組みづくりを計画し推進するプランナー。

[日程]2005年5月22日(日)受付13:00~
    開場 13:30~17:00
[場所]熊本県青年会館 ユースピア熊本 2F会議室
    Tel:096-381-6221 熊本市水前寺3丁目17-15
 市電”水前寺駅通”電停より徒歩10分、北水前寺県青年会館前下車(小峰線)徒歩2分

熊本県青年会館のホームページへ
 ※出来るだけ公共交通機関をご利用ください。
[スケジュール] 13:30~14:30 講演 佐藤誠
         14:40~15:30 講演 河野奈津子
         15:40~16:40 シンポジウム

[受講料]一般500円 学生300円、[参加定員] 90名

【問い合わせ】NPO法人 パーマカルチャーネットワーク九州
      「希望の家プロジェクト会議」 担当 松下 修
TEL:096-365-2397 FAX:096-360-1319 携帯:090-7475-8015
E-mail:shizen@suo.bbiq.jp HP http://www.pcnq.net/

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~屋久島と森林のパーマカルチャー~PCNQ2007年のツアー

Oct 23rd, 2007 by admin | 0

自然遺産屋久島を訪ね、見ること考えることで森林と人間の関係を捉えてみます。
屋久島の悠久なる自然を見ると、日本島も同様に大きな自然の島であったと創造できます。いつのまにかコンクリートで固められ人々に自然観が失われてしまいました。屋久島を訪ねるだけで、ただの島ではない、そこに微気象全てを見せる大いなる自然の力を感じます。パーマカルチャーとは、「自然の法則を活かし、ものごとをじっくり見つめ、自分の周りのものや人、生き物たちとの『つながり』を大切にし、暮らしをデザインしていくこと」。大地の恵みを、自然の力を借りて、住まいの器を作ります。今回は屋久杉を見て自然を観察し、子杉活用の集いに参加するツアーを計画しました。

[日程]:2007年8月25土,26日,27月 
[場所]: 屋久島
[内容]パーマカルチャーの重要な住に関わる自然観察体験と小杉を考える集いを通してパーマカルチャーのデザインを知り、学ぶコースです。
コーディネーター:松下修 NPO法人パーマカルチャーネットワーク九州代表理事 地域に抱える課題を解決するために、継続的になりたつ仕組みづくりを計画し推進するプランナー。
25日  鹿児島市南埠頭屋久島高速船旅客ターミナル 集合
09:00~高速船ロケットで屋久島へ10:50分着
12:00~13:00 昼食
13:00~ 屋久杉ランド見学 
宿泊 送陽邸(予定)
26日   カヌー体験(午前)屋久杉の集いとAZAMIコンサート(午後)
夜は地元の人との交流会  宿泊ホテルオーベルジュ
27日   地元森林組合や製材所見学(午前)
[…]

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第2回 エコビレッジ国際会議TOKYO2007 11/23-24

Oct 23rd, 2007 by admin | 0

世界でひろがる持続可能なライフスタイルモデル
第2回エコビレッジ国際会議が開かれます。いよいよ日本でも始まるサステナブルな暮らし!
会場:東京ウィメンズプラザホール
11/23
(祝・金)
10:45

16:30
世界のエココミュニティと日本での試み ─
● 地球環境時代のエココミュニティの創造 糸長浩司 
● サスティナブルコミュニティーの創造 ダイアナ・クリスティアン
● フィリピンのエコビレッジづくり ペニー・ベラスコ 
● 北欧のコレクティブコミュニティと日本での展開 小谷部育子
● ゲストとの質疑応答
■ 実例レポート 相根昭典(地域再生コミュニティー創り)/石川孝(五島列島限界集落再生プロジェクト)

11/24
(土)
10:00

19:00
世界のエココミュニティと日本での試み ─
● エコビレッジが世界を変える〜エネルギーと経済のオルタナティブ ダイアナ・クリスティアン
● 南米のエコビレッジづくり ジョバンニ・カルロス 
● コーポラティブ住宅での日本型エココミュニティづくり 延藤安弘
● ゲストによるディスカッション(質疑応答含む)
★特別レポート 中村秀樹[(株)都市デザインシステム]コーポラティブ方式によるコミュニティーの実例
■ 実例レポート 高樹沙耶(デンマークエコビレッジ)/カイル・ホルツェター(米国ペンシルベニアキャンプヒル)
主催:NPO法人ビーグッドカフェ
共催:NPO法人パーマカルチャー・センター・ジャパン
特別協賛:エコプロダクツ2007、東京建物株式会社/協賛:アミタ株式会社、株式会社クレアン/協力:株式会社ビオシティー、
NPO法人パーマカルチャーネットワーク九州、日本エコビレッジ推進プロジェクト(JEPP)/助成:国際交流基金
/後援:環境省、国土交通省(予定)
チラシダウンロード(pdfファイル)

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ウルリッヒ・ヨヒムセン スピーチ in JAPAN

Oct 23rd, 2007 by admin | 0

好評終了致しました
自然エネルギーを妨げているものは何か?
講師:ウルリッヒ・ヨヒムセン(ドイツ分散エネルギー研究所代表)
通訳:吉田 愛梨
 
□「ウルリッヒ・ヨヒムセン スピーチ? in JAPAN」開催に当たって
ウルリッヒ・ヨヒムセン氏は、1980年代初め、「分散型エネルギーシステム」を提唱
した。
ドイツは、「2020年にすべての原発閉鎖」を決定した。その後、次々と画期的な再生可能エネルギー推進の政策を打ち出し、環境エネルギー政策で世界をリードしているが、その背景には、彼をはじめとする市民的活動家の存在がある。極めて実践的エネルギッシュな活動のみでなく、反原発に対する深い視点と思想に学ぶべき所は大きい。
1988年以来、数度にわたり来日し、日本におけるエネルギー政策の刷新の必要性を市民に訴えている。
 
■ 主な論点 
1) チェルノブイリ原発事故で起きたこと
2)デンマークで風車発電が普及したわけ
3)まねのできないテクノロジー 
4)原発を進めるヒットラーの亡霊  
5)原発という「神」がどうして生まれたか 
6)進歩という共同幻想 
7)制度より人間が大事
 
日時:11月7日(月)午後7時から9時
場所:熊本県民交流館パレア10階第8会議室
参加費:無料 但し資料代として500円
主催 NPO法人パーマカルチャーネットワーク九州
[追記 2005/11/28]
Grundtvig and NetzwerkウルリッヒさんのHP
詳しい講演内容

ウルリッヒ・ヨヒムセン スピーチ in JAPAN
1980年代初め分散型エネルギーシステムを提唱し、民主的なエ
ネルギー政策が進まない当時のドイツでデンマークで風車発電を草の
根レベルで完成させたフォルケセンターの理念や活動紹介を行う。環
境エネルギー後進国であった当時のドイツが2020年にすべての原発閉
鎖を決定し、次々と画期的な再生可能エネルギー推進の政策を打ち出
させ世界をリードするに至る背景には彼をはじめとする市民的活動家
によるところが大きい。極めて実践的エネルギッシュな活動のみでな
く反原発に対する深い視点と思想に学ぶべき所は大きい。 1988
年以来、2度にわたり来日し日本における反原発市民運動との交流を
深め、エネルギー政策の刷新と市民の実践の必要性を訴えている。
 佐賀県鎮西町原野順二氏による日本初の本格的な市民風車(150
kw)は、氏の尽力により、原発メーカーでもある日本の代理店を通
してしか購入できない現在の風車購入システムに風穴を開け、市民交
流を通じた風車建設を実現した。
挨拶
皆様の前で原発の犯罪性、特に脱原発へいかに向かうかについてお話
しできる機会が持てて大変うれしく思います。今ごらんになっている
イラストは原子力平和利用と言うことの本質をついた図です。一番の
根本問題は死の灰(放射性廃棄物をどう処理したらよいか、いかなる
策もないし今後もないと言う問題です。死の灰はいずれ食物連鎖と濃
縮によって人間に到達します。後で触れますが私はかつてドイツのカ
ールスルーエ核物理研究所に勤務していました。当時の上司はジュネ
ーブのヨーロッパ最大の原子核研究所所長になりました。私がそこに
勤務した6年半の経歴は私にとって原発は非常に危険であるとの確信
を深めさせるものでした。
1 チェルノブイリ原発事故で起きたこと
全く影響はない
 まずチェルノブイリ原発事故当時の私の個人的な経験からお話をし
たいと思います。事故が起きたとき私はオーストリアの国境近くにい
ました。オーストリアのラジオ放送で事故の発生を知ったのです。そ
の放送では事故はちょっとした軽い事故であまり深刻に捉えることは
ないというものでした。最初の報道ではチェルノブイリ原発はプルト
ニウム製造用だと伝えられました。プルトニウム製造用ということは
軍事用と言うことですが、このことはその後二度と報じられませんで
した。西ドイツ(当時)の公式発表によるとチェルノブイリ原発は1
500kmも離れているので全く影響はないというものでした。連邦
政府は気象庁にたいして、どうのような放射能がどれくらい降ってく
るかを発表するのを禁止したのです。民衆の利益に反することを政府
はしたのです。
これは言論の自由が保障されている西側世界で起こったことです。
スウェーデンでは
 実はチェルノブイリ原発事故による死の灰がドイツに来たとき実は
ドイツでも原発事故が起こり放射能漏れが発生しました。しかるに原
発を運転していた電力会社は、それはチェルノブイリ原発の放射能で
あって、自分が放出したものではない、と知らないふりを決め込んだ
のです。
 もし、民主的スカンジナビア半島の国々が無かったら私たちはチェ
ルノブイリ原発事故のことを知らなかったと思います。放射能雲はま
ずスウェーデンに流れ広大な牧草地を汚染しました。しかし、彼らは
最初何が起きたか分からなかったのです。最初に放射能の存在を知っ
たのは原発関係の人たちでした。初め、自国の原発に何か事故が起こ
ったに違いないと思いこみ自国の原発を全てストップしました。しか
し、どうも様子がおかしい。原発内部で測った放射線レベルより敷地
外のレベルの方が高い。どうやら外部からのものらしいことが判明し
たわけです。
これはドイツの反応とは全く違う反応でした。ドイツ側の反応は自分
たちには間違いがあるわけがない、何かのミスがあったはずがないと
いう反応でした。スウェーデンとは対照的です。
原発を持つ国の現実
こうした政府の対応は人々は非常に大きな混乱を招き、政府に対し不
信感といらだちをいだかせる結果となりました。ある地域では行政か
ら子供達に「外で遊ばないように」と勧告され、ほんの川向かいの行
政境界を越えた地域では「全く安全です」と言われたりしました。あ
る州では「ミルクは絶対飲むな」と言われある州では「絶対大丈夫」
と言われ、様々な情報が入り乱れていました。ある地域では全ての野
菜が廃棄され、ちょっと離れた所では売ることが出来ました。どれだ
け汚染されているかと言うことを知る測定手段が無かったのです。測
定装置もなかったのです。政府は企業などの経済的損失を最小限に食
い止めるため食品汚染の安全基準値を高くゆるやかにしました。さら
に、誰でも勝手に放射能測定することを許さない法律まで作りました
。政府機関だけが測定できる事になったのです。ですから、もう人々
は個人的もしくは団体で測定装置を持つことは不可能になったのです

特にフランスは原発を特にたくさん抱えた国ですがフランス政府はい
つも「全く問題ない安全だ」と繰り返すのみでした。ヨーロッパで一
番問題はフランスで次に事故が起こるとすればヨーロッパではフラン
スだろうと言われてています。日本かもしれませんが・。これが原発
を持った国、ドイツなどの現実です。多かれ少なかれ日本の状況も国
の対応も似た様なものでなかったろうかと私は推察します。
初めて閉鎖された原発
チェルノブイリ原発事故と同じ時に事故を起こしたドイツの原発(ハ
ムイントロップ原発)は私の兄(当時ノルドライン-ウェストファリ
ア州の経済大臣)の管轄下にありました。私は兄に、この原発は閉鎖
させるべきだと助言し、事故原因を究明するように依頼しました。推
進派の政治家は反対しましたが結局閉鎖しなければならない状況に追
い込まれました。これがチェルノブイリ原発事故以降、初めてドイツ
で閉鎖された原発となりました。私の兄は州の行政官であって行政官
というのはどうしても保守的になって原発推進の立場にあるわけです
が、私は彼に原発の危険性を必死に説得し、彼の意志で閉鎖するよう
にもっていったのです。このことはとりもなおさず私の兄にとって政
治家として非常な大きな決断であったと思います。このようなことが
出来たのは、私のような経済力はないけれど道義的には優れた市民的
立場で考え行動する者と、兄のように非常に経済力はあり強力な組織
を動かせる立場の者と個人的な接触があったからこそ出来たことだと
思います。
原発のタタキ売り
アメリカは日本にとって何と言っても原発先進国だし、いろんな意味
で重要な国です。そのアメリカでこの10年来どういう事が起こって
いるのかふれてみたいと思います。ここに表がありますがこれはアメ
リカで中止になった原発のリストです。これらには半分まで完成して
取りやめになった原発もあります。滑稽だけど笑えない話をご紹介し
ましょう。私がハノーバーの博覧会を見学に行ったときのことです。
毎年開かれているのですが、私が行ったのは3年前のことでした。
TVAというアメリカ最大の電力会社が「青年と未来」というテーマ
で展示場を開いてました。その一角で「、80%ディスカウント」と
いう表示があるのを見て私はどういう事かと尋ねました。すると「大
安売りをするから原発を買わないか」というのです。「もし買うつも
りがあれば8割まける」そうです。「今のところ130万kw原発が
100基残っております」とのことでした。それはきっと技術的に問
題があるから安いのではないか、と私は質問しましたところ、TVA
の人は「いや、これはアメリカのエネルギー省の基準に合格したもの
です」というのです。私はさらに、「では何故、売り場を「青年とそ
の未来」という展示場でなく、ドイツの原発プラントの展示場の横に
でもちゃんとした展示場をつくらないのか」と問いましたら、「そん
なことをしたら殺されてしまう」との答えでした。
何故アメリカは原発をタタキ売りしなければならなくなったのでし
ょうか。1978年アメリカのカーター大統領が成立させた PUR
PA法(公益事業規制法)は「国民の健康と安全を尊重しなければな
らない」と謳っております。と言うことをもっと具体的に申しますと
、例えば誰か自分の庭に風車を立てて電気をつくるとしますと、その
人が正当な利益を上げられるような価格が保証されなければならない
、と決められているのです。
PURPA法
日本でもそうだと言うことですが、発電施設はすべて電力会社のもの
ばかりではなく、例えば日本では農業協同組合などが所有する小規模
の水力発電所などがあります。その電力はその地域の電力会社によっ
て買い取られます。しかしその価格は極めて低くされます。電力会社
からすれば、「おまえの所の発電設備はとうに減価償却しているので
安いコストで発電できるだろう」というような一方的な理由です。で
は、もっと高く買い取ってくれる電力会社を探そうとしても日本の制
度ではそれができません。でも、電力会社が農協以外の所から買うと
したらもっと高いものになるはずです。PURPA法は電力会社が足
下をみて買いたたくことを許さず、当然かかるはずのその高い方の値
段で農協から買いなさいという法律です。
その価格はコストが同じように決められればあえて危険な原発を選ぶ
者はいません。これが、アメリカで多くの原発がキャンセルになった
理由です。資本主義社会は市場原理それで、さきほどのTVAの話に
戻りますが「あんなにまけたのに一基も売れなかった」そうです。ま
あ、日本の電力会社に「安い原発が買えますよ」と教えてあげること
も出来たのですけども・・・・。(爆笑) デンマークで風車が普及
した背景にはPURPA法の成立によってカルフォルニア州で風車ブ
ームが起こり、デンマークから大量の風車が輸出されました。その結
果、技術的にも改良が進み経済的にも安くて良い風車ができるように
なったという経緯があります。
2 私の反骨精神のルーツ
 ドイツ語で日本のことを最初に報告した人はユルゲン・アナーソン
です。彼はシュレスウィッヒ州のトナーン出身で1646年にオラン
ダ船で長崎を訪れたのでしたのでした。およそ300年後の1935
年6月28日私は彼の出身と同じ地域で生まれました。ペリー提督の
艦隊が日本に開国を迫ったとき、かつてからデンマーク王国であった
私の故郷はプロシャの中央集権主義者とオーストリア帝国主義者から
侵略されました。私にはスカンジナビア人の魂と中央集権的なカトリ
ック教会への反感が深く宿っているのです。
 私は人を知るにはその人の育った社会や家庭環境を理解することも
大事だと思います。私が今住んでいるのはデンマークとドイツとの国
境の町フレンツブルグです。父は高校の校長でして2人の兄と妹が一
人います。長兄のハンノはハンブルグ市の全公立図書館長、先に触れ
ましたように次兄のライムートは経済学教授でノルドライン・ウェス
トファリア州経済大臣をつとめていました。妹のグンナは医師でした
。ドイツではインテリの家庭環境だったかもしれません。娘のゼーネ
は70年代から80年代にかけたデンマーク風車開発史上、中心的な
人物として知られるデンマーク人のクラウス・ニブロと結婚してます

 私はドイツで大学教育を受けました。ヨーロッパでは大学卒業後一
人で海外を「武者修行」する事になっています。私は1955から5
8年まで主にドイツ製のフォルクスワーゲンをアメリカへ輸送するド
イツの貨物船で無線技師として世界中をまわりました。私の乗ってい
た船はかつてのドイツ潜水艦Uボートのエンジンを積んだずいぶん老
朽化した船でして、ある日エンジンが故障し危うく難破しそうになり
SOSを発信したこともありました。1959から60年にかけ交換
留学生としてカナダ留学し、電気電子通信工学を学びました。電気電
子技術者としての試験を1962年にパスした後、原子力研究ではド
イツ最大のカールスルーエ原子力研究所に6年半勤務し、その後19
66年にカラーテレビ番組製作スタジオ用の設備をつくるビデオデジ
タルテクニック社を設立しました。ヨーロッパや海外の大手のテレビ
局が私の顧客でした。
このように私は人生のスタートからエネルギーと通信情報とを結びつ
けて考える技術者として始まりました。
政府委員と大論争
69年から70年にかけて通信技術に関するヘッセン州のコンサル
タントになり、74年には通信技術とシステム研究所が設立され私が
所長になりました。そしてヘッセン州の首相から「2000年に向け
た未来の通信システム」というドイツ連邦政府委員会への代表として
唯一私が選ばれたわけです。 その連邦政府委員会で私は極めて権力
的に物事を一元的に支配することを望む面々とはげしい論争になりま
した。多くの政府委員の言うような中央集権的かつ帝国主義的な発想
を基につくられたデータ通信技術が進めば個人の権利は著しく狭めら
れ危険にさらされると私は考えたからです。
あげくのはて私の作った会社はつぶされてしまいました。
何故反原発か
 日本の憲法に相当する1949年に定められたドイツの「基本法」
は政府が個人の権利を守るべく定められています。特に中央集権的帝
国主義的なベースで組み立てられたデータ通信テクノロジーは個人の
権利を著しく狭めます。得体の知れぬテクノロジーは私たちの文化、
社会生活や社会遺産を攻撃し、破壊し続けております。世間の多くの
人はこの危険性に気づいていません。もともと私は通信技術者ですが
、こうした体験を通じて中央集権的で人々の手に届かない得体の知れ
ない実体に支配されることの危険を身にしみて分かりました。技術=
テクノロジーというものは中立的でもなく、無色透明なものではなく
、支配者の意向と深く結びついた極めてイデオロギー的なものです。
個人からはじまる
 70年代の最大の問題であった環境エネルギー問題でも同様な事態
が進行していました。空間的、時間的に無限大とも言うべき危険性を
持つ原発建設がドイツでも進んでいたからでした。申しましたように
私はもともと原子力研究所に働いておりました。エネルギーの問題で
も通信技術の世界と全く同じことが言えます。原発の危険性というこ
とと同時に、私には原発のように民衆の力で全くコントロールできな
い中央集権的なエネルギーは要らない、自分たちの必要なエネルギー
は自分たちでつくるべきだ。それは可能であると考えました。私の反
原発運動はその危険性だけで終始するものではありませんでした。私
は彼らと闘うため1982年分散型エネルギー研究所を立ち上げ、個
人がエネルギーを自給するためのエネルギー・ボックスを提唱しまし
た。ドイツは寒い国なので暖房のために多量の石油やガスを消費して
ます。それらの燃料を直接ボイラーで燃やすのでなくて小型の発電装
置の燃料として使って、その廃熱を暖房などに使えば良いと言う考え
です。それは車の暖房と同じ仕組みです。車はいったんエンジンを動
かすためにガソリンを使い、エンジンを冷却する時生じる温水で車内
を暖房します。各家庭でそれぞれが電気や熱などのエネルギーを供給
する「ボックス」があれば巨大な発電所などは不要であるという考え
です。 それが普及すれば国全体としては大きなエネルギー節約にな
ると考えたわけです。(デンマークでは既に一般化)
コジェネレーション・システム
 技術的には日本でも大型店舗やホテルなどの事業体で普及し始めて
いる熱電併給システム、コジェネレーション・システム(コジェネ)
の家庭版と言えます。ドイツでもコジェネ装置は数十年前から各所に
設置されています。例えばあるヘルスセンターでは2000kwのコ
ジェネが稼働して温水と電気を供給しています。芝を植えた庭園の地
下に設置されていますので景観を壊すこともありません。温水を暖房
用だけでなく温水プールの熱源として使った例もあります。排気ガス
で空気を汚染するのではないかという心配もありますが、もともと空
気が良いところにあったヘルスセンターが悪くなったということはな
いそうです。温水はものを暖めるだけでなく、ものを冷やすのにも使
えますので人工スケートリンクとしても使われています。しかし、こ
れらは大型発電所に比べたら小型ですが、私の考えているような家庭
用としては大きすぎます。
エネルギーボックス
 私がコジェネレーションでなくエネルギーボックスというのは権力
から自立する闘いはまず個人から全てが始まるという私のテクノロジ
ー(考えを持った技術)に基づいています。今、テーブルの上にある
カセットレコーダーは数十年前はずいぶん大きな機械でした。それが
今ポケットの中にはいるようなものになりました。現代の技術をもっ
てすれば家庭用の、せいぜい冷蔵庫ぐらいの大きさのエネルギーボッ
クスは製作可能だと思います。げんに私の考えたようなエネルギーボ
ックスは12年前にフォルクスワーゲン社によって試作されています
。これを大量生産して産業化すれば多大の雇用を生み出す事ができる
はずですが、何故かフォルクスワーゲン社は生産に踏み切っていませ
ん。
ドイツの家庭の地下室にはセントラルヒーティング装置があるのでそ
の代わりにエネルギーボックスを置くことができます。冬季の暖房に
このエネルギーボックスを使えばドイツの電力の7割をそれによって
供給することができます。原発などは必要なくなります。
法律がないからダメ
私はヘッセン州の首相にこの考えを提案しました。するとヘッセン州
の首相は直ちに私の考えに関心を持ってくれてこれが実行可能かどう
か研究してくれと私に勧めてくれたのです。しかし、研究してくれと
言ったけれども文書による公式依頼ではありませんでした。なぜ、公
式依頼ができないのか、ヘッセン州の経済大臣や関係者などと話し合
う場を持ちました。その日一日で様々な人間と話し合い、エネルギー
ボックスがエネルギーの面からもコストの面からもいかに有利なもの
であるかということを説明したのですが討論が終わって彼らが言った
ことは、そういうことは法律で決まっていないから正式に書面で依頼
できないと言うことでした。そういうわけでヘッセン州の首相は私に
個人的に調査研究を依頼してきました。これはおかしなことですね。
本来、そういう分野の問題は経済大臣が一番責任があるはずなのに州
の首相が私に個人的に依頼してきたわけです。
その一方で彼らは実はフランクフルトその他のところで日本で言えば
三菱のような大財閥が参加している原発をつくる許可を与えていたの
です。エネルギーボックスに関しては法律がないと言うだけの理由で
私の提案をキャンセルにしたのでした。
チェルノブイリ原発事故研究を許さなかった連邦政府
チェルノブイリ原発事故の後初めて原発を閉鎖させた私の実兄のラ
イムートも同じような問題に直面しています。兄の州は3分の1が原
発によってまかなわれています。ここでは既に高速増殖炉が完成して
いて企業の方は早く運転を始めたがっているのですが未解決の問題が
2000もあり安全性に問題があるとして兄の州ではまだ運転を許可
していません。事故後、州当局は原子力というものの真実を知るため
に大学や研究者たちにチェルノブイリが何を意味しているのか研究す
るよう要請しました。 ところがドイツの連邦政府ですね、州大臣が
チェルノブイリを研究しろということを大学や研究所に命ずることを
許さないというのです。「危険」であるという理由で許可してないそ
うです。何か政府を後ろから動かしている勢力がある、そう考えざる
を得ない。と私は思いました。それからどういう勢力が政府に圧力を
かけることができるのかということについて。それはエネルギーボッ
クスの考えに嫌悪したものと同じ所からでてました。
こんなのむちゃくちゃだ!
  権力者のみ支配できる巨大集中型エネルギーでなく市民の手によ
る小型分散型エネルギーシステムを、という考えが当時、いかに権力
者にとって、いわば生理的嫌悪感を与えたかということは次のような
私の経験をお話すればお分かりでしょう。
 1978年の末、私はシーメンス(日本日立、東芝にあたる巨大電
機産業)の10億マルクもの汚職事件に関するテレビ番組の制作に関
わり、その番組は放映30分前に放映中止になったといういきさつが
ありました。 私はWDR(ドイツ国営放送)の責任者に抗議し、
その代償として、1981年に「いのち と原発」という2時間の生
放送に出演させてもらえることを約束させました。放映時間は2月3
日と決まりました。ところが予定日の5週間前に、突如、WDRのデ
ィレクターは私を降ろし、替わりに実兄のライムート(ノルドライン
・ウェストファーレン州経済大臣)を招待したのです。
 パネラーの多数は原発推進派でした。その内の一人が「ドイツの高
速増殖炉の父」とまで称されたヘッフェル氏で、私がカールスルーエ
原子力研究所に勤務していたと同じ頃の1960年代の同僚でした。
私は映像資料として、「エネルギーボックス」に関する約5分の短い
フイルムをずっと以前から用意していました。本番放映に先だってそ
のフィルムの試写が始まりました。上映が始まるやいなや、ヘッフェ
ル氏はひどく顔をしかめて、「これはなんだ! こんなのむちゃくち
ゃだ!」とひどく感情的で高ぶった調子で叫んだということです。彼
のあまりに感情的な発言にさすがの兄もいささかびっくりしたそうで
す。ディレクターはそのフィルムの本番での使用を取りやめただけで
なく、はてはフィルムの行方すら永久に不明となりました。この企画
にはかなりの原発推進側のカネが入っていたそうです。
この逸話は 原発推進派にとって、「エネルギーボックス」とその
思想はいかに危険なものであるかを如実に顕わし、逆に 「エネルギ
ーボックス」の大きな可能性を示しているのだと私は思いました。
3 デンマークで風車発電が普及したわけ
デンマークは政府レベルで脱原発を決定した最初の国です。1957
年デンマークは自国を非核地域に指定し核兵器を持ち込む事を拒否し
ました。1979年、NATOに対して核ミサイル開発費の負担拒否を通
告しました。1895年チェルノブイリ原発事故に先立つ1年前、国
会で脱原発を決議しました。 デンマークの脱原発運動がヨーロッパ
のよその国の運動と違うところは風車発電の建設運動と共に進められ
たということです。 自国だけではなく、カルフォルニア、ハワイ、
インド、中国など世界各国に輸出しています。私はデンマークの脱原
発運動の成功は日本に於いても参考になる話ではないかと思います。
 デンマークが脱原発に向かえたのは社会に民主主義があったからと
もいえます。核のある社会は有能な官僚、優秀な秘密警察を必要とし
、民主的な政治家や公開討論の場は必要としません。 核技術は時間
的にほぼ無限大で、影響する広がりは地球的です。ですから核施設は
完全無欠な人間を必要とします。 完全無欠な人間など会ったことは
ないし、もしそうした人がいたとしても、正直申しまして私はあまり
好きになれないでしょう。
私たち不完全な人間が犯す誤りを許してくれ、少なくとも私達の生き
ている時間と空間の範囲内で責任の取れる技術に親しみたいものです

技術の蓄積
 その民主的な伝統に従いデンマーク政府は行政としても風車発電に
対して援助政策をとり続けていたのでデンマークにはかなりの技術の
蓄積がありました。1973年のエネルギー危機から15年に第3世
代のハイテク風車発電が完成しました。55kwから300kwの出
力で条件さえ良ければ10万?60万kwh発電します。完全にコン
ピュータ制御で電話線を通じて日本からさえもコントロールしたり、
出力データを出力させたり出来ます。この風車発電システムは原発よ
りずっとシンプルで安価にできるのです。 風車発電は廃棄物や環
境汚染をもたらさないのはいうまでもありません。
民主主義の蓄積
歴史的に見ればデンマークはヴァイキング時代以来1500年の民主
主義の伝統があるといえます。 デンマークはヨーロッパでもっとも
島の多い国で、ドイツとも間にたった60kmの国境線しかないので
す。それ故、ドイツの国のしくみや帝国主義的軍隊はデンマークにと
って歴史的に常に現実的な安全上の問題でした。デンマークはそのア
イデンティティをその古い歴史的ルーツにさかのぼることが出来ます

 日本は戦後、憲法で平和、民主、個人の権利を保障されましたが、
戦前の政治構造はドイツ帝国に基礎を置いています。日本の民主的市
民運動はデンマークから多く学ぶことが出来るのです。 技術の選択
は社会の選択だと思います。私たちが安心して暮らせる社会を望むな
らそういう社会にふさわしい技術を選択しなければなりません。逆に
原発のような技術を選択する社会は人々は誤りが許されず、ストレス
と不安から逃れることは出来ません。私はこれらのことについて議論
するために日本にやってきました。
中央になびかない人々
 デンマークは日本と同じように長い間地域で平和に暮らしていまし
た。デンマークの民衆にとって王は存在しても皇帝はずっと遠い存在
でした。特にドイツでプロイセンのような中央集権的な勢力が隆盛し
てくると中国の万里の長城みたいに大規模なものではありませんがプ
ロイセンとの間に防塁をつくって侵入を防いでいたのです。日本でも
ペリーの黒船以来、外国勢力の侵入への対抗上、中央集権的システム
を取り入れましたが、デンマークも1864年、プロイセンとの戦争
に負けてから中央集権的システムを取り入れることになりましたが、
それに従わないデンマーク人も多くいました。特に島が多かったので
中央集権体制に従わないデンマーク人も数多く残ったのです。
風車はふるさとを守る
 そのデンマークでは非常な勢いで風車発電が伸びてますが、そのき
っかけについてお話しましょう。さきほどフェリーの港に風車が多数
設置されている写真をお見せしましたね。その近くに住んでいたトニ
ー・モラーというジャーナリストが石油危機の3年後に自分の家の敷
地に風車を建てたのです。そして彼は毎月自分の風車がどれくらい発
電したかを新聞の小さなコラムに発表し続けたのです。それを見た人
全てが、なるほどこれだけ発電したということはこれだけ儲かること
だなと実感できたわけです。これは風車の普及にとって非常に大きな
きっかけだったと思います。電力会社はこんなことは好まないことは
おわかりと思います。デンマークでも同じです。でも、人々は風車発
電を買って立てることは経済的に豊かになり、自らのふるさとを守る
ことにもつながるということに気がついたのです。
草の根情報公開運動
 本当の民主国家においては政治権力という意味のパワーと電力とい
う意味のパワーは個人が自由にできるものでなくてはならないと思い
ます。近代国家においては電力は軍事力と並んで重要なものです。で
すから、電力を民衆の手に取り戻すことができれば政府は民衆の意志
に反して戦争を起こしたりすることができなくなると思います。そう
いう意味で反原発運動は戦争反対の運動に深くつながる大変重要なも
のです。言うまでもなく、戦争は最悪の環境破壊をもたらします。
かのジャーナリスト、トニー・モラーの発表開始以来1976年頃か
ら風車発電は急激に増え始めました。1986年現在、896台の風
車発電が一千万kwhの電力を生み出しています。これはデンマーク
の年間消費量の1%になります。
 トニー・モラーはその後、風車発電所有者協会をつくり、デンマー
ク中の人が誰でも分かるように、既に立てられている風車発電の実績
をもとに、デンマークの地域を碁盤の目のように区切り、それぞれの
地域で新しく風車発電を立てたら毎月どれだけ発電できるかという地
図を協会誌で公表しています。こうした民衆による草の根情報公開運
動によって毎月2万世帯の人々が風車発電に加わりつつあるのが現状
です。
売電システム
 風車発電一台がそれぞれ50から200kwの発電能力を持ってい
ます。一台で20から50世帯の電力をまかなうことが出来ます。私
はこれらの風車は非常に景観にマッチしていると思います。デンマー
クはパンケーキに例えられるくらい平坦な国で風の通りが良く風車に
適した所が非常に多いです。日本は起伏に富んだ地形ですのでどこで
も風車に適していると言うわけではないかもしれませんが、山の上な
ど風車の適地は多いと思います。風車の所有者は風車から半径10k
m以内の住民に制限されています。(現在は その制約はなくなった
)ご存じのように風車は風がなければ発電できません。でも、そのた
めにバッテリーは要りません。風がないときには今までのように電力
会社から電気を買うのです。風が吹いて電気が余ったら電気を電力会
社に売ります。基本的に必要なのはどれだけ買ってどれだけ売ったか
を測るメーター計だけです。(太陽光発電のシステムと同じ)このよ
うなシステムは戦後すぐヨハネス・ユールというもともと電力会社の
技術者だった人が開発したものです。
何故売電可能か
 日本では自分でつくった電気を電力会社に売ることができないのに
、何故デンマークで可能なのか良く訊かれます。それは法律で決まっ
たからではなく、それまで大規模ではないにしてもユール以来事実上
慣習的に行われ社会的理解を得ていたからです。デンマークがいくら
民主的な国でも政府が決めてくれるのを待っていたら200年くらい
かかることをデンマーク人はよく分かっているのです。民主主義の社
会における理解というものはすべて平等な個人から発するもので、法
律はその帰結にすぎません。ですから、法律という名目で既にある社
会的理解を規制することはできないという考えです。形として存在す
る法律より個人から発する社会的理解の方が上位にあるわけです。
皆が持てる風車
デンマークには大電力会社というのはなく、大きく二つの系列に分
けられるローカルな電力会社がたくさんあります。それらは独占への
傾向が強くありますが民衆の様々な運動がそれを阻止しているのです

 電気を売ることにより単純計算では一年間で建設費の2割を取り戻
すことが出来ます。(つまり5年で元が取れ、寿命とされる20年間
まで利益を上げることが出来る。ただ、その資金をローンで賄えば利
率により償却期間は長くなる)一台の風車を共同で所有すれば必ずし
も裕福な人だけでなくとも風車の所有者になれ利益に与れます。風車
一台を立てるにはお金もさることながら土地も要りますので比較的大
規模な農家でしか難しいのですが、共同所有なら土地は要らず費用も
少額ですみ、もちろん電気代の心配は無くなります。 風車の建設工
程は非常に簡単です。一週間で基礎工事がすみ、一日でタワーとロー
ターが取り付けられます。
近代ハイテク風車の誕生
 個人の庭先から始まった風車ですが、風あたりの良い地域にまとめ
て何台も立てるウィンドファームも建設されています。これは町営の
ウィンドファームでヨーロッパで最大のものです。(当時)これら一
つ一つが150kw発電できます。風車が地域の経済を活性化させる
のです。子供達も風車に良くなじんでいます。高度で特殊な知識や技
術は必要なく、地元で車の修理の出来る人なら一定の訓練さえ受けれ
ば風車の管理もできます。昔のオランダ式の風車は風向きが変わると
人が動かして風車の向きを変えてましたが、近代的な風車ではコンピ
ュータにより自動的に風向きにかわるようになっています。嵐などが
来て風が強すぎる時にもやはり、コンピュータにより停止します。
カルフォルニアのウィンドミル・ラッシュ
 デンマークでこれだけ風車が作れるようになった理由の一つはアメ
リカ、カルフォルニア州で1980年代はじめに始まったゴールドラ
ッシュならぬウィンドミルラッシュにあります。それまで細々とした
家内工業的だった風車産業が一気に量生産体制になったからです。カ
ルフォルニア州でウィンドミルラッシュが起きた背景にはカルフォル
ニア州の人々が海岸線10kmごとに原発を建設するという当時の計
画を望んでいなかったということにあります。もっと安全な発電の方
法を探していたのです。カルフォルニア州は一大活断層地帯で地震が
多く原発建設は大変危険な所です。これは日本でも同じ
4、フォルケセンター
ただの大工さんが
そうしたデンマークの風車発電は大企業でもなく、国の機関でも
ないただの民間研究機関にすぎないフォルケセンターにより設計され
、地域の小中規模の企業により生産されているという事実は大変注目
すべき事で重要なことです。
 戦後まもなくの1956年デンマーク最初の200kw風車発電・
ゲッサー風車がつくられ、実用化をめざした各種の試験が行われます
たが、その後、原発のほうが良さそうだとの国の意向で試験は打ち切
られました。1970年初め、世界的な環境意識の高まりでデンマー
クの民衆は自分たちの国の風車発電の歴史に目覚めました。それを復
活したのはクリスチャン・リセアーという大工さんでした。200k
wという巨大なものでなく、個人の家の電気を賄うのに十分な大きさ
である20kwの風車を自分の裏庭に立てました。風車の規模は小さ
いですが、今までのデンマークが築いてきた風車発電の知識と技術は
風車発電の専門家でもなく、電気技術者でもなく一介の大工にすぎな
い彼の風車に受け継がれていたのです。それまでの経験、高価で管理
の難しいバッテリーをつかって蓄電するという方式では実用性がない
こと、ありふれたモーターを発電機にして送電網と連結するだけで十
分なことを彼は知っていました。最近行われたある調査では農業国デ
ンマーク国民の科学的知識の水準は世界一だとありました。ちなみに
技術立国日本はかなり下の方だったような気がします。新しい時代に
ふさわしい技術が生まれるとき、それに必要な知識が一部の専門家だ
けでなく、民衆のものとしてあることは大変大事な事ではないかと思
います。 リセアーの風車の評判を聞いた人々が彼から風車を購入し
ました。トニー・モラーもその一人でした。リセアーと彼の風車は風
車発電開発の初期に大変大きな役割を演じたのですが、それだけで風
車発電がデンマークで発達したわけではありません。皆が皆、彼のよ
うに一人で風車発電を手作り出来るわけではありません。本格的普及
までには改良すべき点もたくさんありました。
町工場が協力
 当時、実用出来る風車発電をめざし創意工夫を重ねている多くの人
々がいました。フォルケセンターはそういう意欲のある民衆どうしの
交流センターとしてありました。一般に大企業は多くの下請け工場か
ら部品を安く調達して大量生産で一気につくってしまう方式をとりま
す。フォルケセンターはあくまで民衆による手作りの延長として、従
業員数人規模の地域の町工場がいくつか互いに協同してつくりあげる
風車発電を目指しました。その結果、それぞれの地域と工場が風車づ
くりで潤えるようになることを。それは18世紀末、フォルケホイス
コーレ教師として風車発電実用化に取り組み、デンマーク風車発電の
元祖と言われるポール・ラクール以来の伝統にそうものでした。風車
発電に取り組みたいと願う町工場はフォルケセンターに行けばそこで
作られた風車発電の設計図を約2万円で購入できます。それをもとに
風車発電をつくることが出来るのです。いわゆる特許料というのは無
いのです。特許制度の善し悪しについていろいろな議論がありますが
、民衆にとって本当に必要なものに関して特許制度はなじむのだろう
かとの疑問があります。(エイズ患者が数百万いる南アメリカ連邦で
使われるエイズ薬に関する特許料など)単に利益を度外視したと言う
より、人類の生き残りに必要な技術に関して特許制度はなじまないと
いう考えだと思います。
完全に開かれたフォルケセンター
フォルケセンターはいつでも誰にでも完全に開かれています。 誰に
も開かれているというのは自然と人類の生存を考える極めてユニーク
な所だからです。ですからフォルケセンターはローカルかつグローバ
ルな精神とアイディアに満ちています。しかも、ここフォルケセンタ
ーは単なる論議の場に留まらず、実際的、具体的な試みの実践の場で
もあります。
 誰もが訪れることができ、どこの部屋でもどの機器装置でもデータ
通信装置でも見学できます。秘密の施錠された部屋などありません。
例外は危険性のある機械が設置されている部屋のみです。
  口で礼賛するだけなら簡単なことことでがそれは簡単なことでは
ありませんす。お分かりと思いますが、理想主義とも見えるそこがフ
ォルケセンターのもっとも強い長所であり、同時にもっとも弱い弱点
でもあるのです。それはオルタナティヴ・エネルギー開発にたずさわ
る人たちにとってはもっとも良い環境です。一方、私物化しようと思
えば資料や書籍、装置などをたやすく盗むことができます。 […]

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毎年恒例!新年もちつき大会と味噌開き18年2月12日(日)

Oct 23rd, 2007 by admin | 0

<!–

–>
好評終了致しました。

毎年恒例の新年もちつき大会を計画しております。PCNQに関係なくどなたでも参加して頂けます。今年は、第6回PC塾で地元産の材料で作った手作り味噌の味見と料理も楽しみます。
【 日時 】18年2月12日(日)午前10時から午後3時まで
【 場所 】熊本県植木町一木282 土島邸 「蔵」
【 募集人員 】20名
【 参加費 】1,000円(学生500円、小学生までは無料)
【 会場までの交通 】

車の場合
熊本市中心部より福岡・山鹿方面へ車で約30分。
高速道路利用の場合は、「植木インター」で降りて国道3号線を熊本市内方面へ。ドラッグストアと平田機工かど手押し信号から西側へ曲がり約500m直進すると突き当たりの家です。途中、天浅宮一木神社が目印です。
googleマップ
バスでお越しの方は事前にご連絡下さい。
必要な方は地図をファクスまたはメールで送りますので、事前にお知らせください。

<!–
【 問い合わせ・申し込み 】
◆パーマカルチャーネットワーク九州(PCNQ)事務局 松下修まで
TEL:096-365-2397 FAX:096-360-1319
E-mail: info@pcnq.net
◆インターネットからの申し込みは、
こちら→申し込みフォーム
–>

PCNQスタッフの西田さんのブログで「新年もちつき大会」の様子を報告して頂きました。以下引用

今日はパーマカルチャーネットワーク九州のイベントで味噌開きともちつき。
朝からネギを掘って、昨日から水に浸けておいた黒米を持って植木のTさんちへ。
去年10月(?)につくった味噌を開けて、みそ汁にして、もちをついて食べよう…という企画だったのが、予想外にYさんがアイガモ農法に使ったカモを2羽つぶしてきてくれてカモも焼いて食べれると言う。
へなちょこ百笑日記 より

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2007年4月15日熊本アースウィークイベント エコ・フリー・マーケットに出店

Oct 23rd, 2007 by admin | 0

日時 :平成19年4月15日(日) 10:00〜16:00
場所 :交通センター前広場センターコート
主催 :エコパートナーくまもと
フリーマーケットもありますが、エコフリマの本来の目的は、来場者も参加する楽しい体験型環境イベントです。ですから、食器のデポジット実験など色々な試みも会場でやっています。是非経験してみてください。
また、マイバッグ持参の方、バスできた方、標準服を寄付する方など、来場者が環境に優しいことをすれば、エコグッズや地域通貨があたるガラポンに参加できます。
会場を一巡りするクイズラリーにも参加してください。
今年はくまもと阪神がやっているCO2削減の試みなども出題されています。アースウィークの展示会場ともつながっていますので、是非そちらもご覧ください。
<フリマ> 28区画
<若者ライブ> 14組
<食のゾーン> 天使のパン ペルーのカレー チャイ 有機野菜を使ったカレー 無農薬黄粉の石臼挽き実演販売 団子 煎餅 お菓子 瓶の飲み物(デポジットです)
<エコグッズ等>石鹸 香り米 ローズ塩 天然重曹 野菜 
オリジナルマイバッグを作ろうコーナー 標準服リユースコーナー ミミズコンポスト マイ箸作り,マイ箸袋作り、等、盛りだくさんです。
PCNQでは以下のような出店を考えています。
●展示
ストローベイルの工程の展示
実物のストローベイルを使って作ったパーティションにパネル展示
ミミズコンポストの展示
●手作りワーク
マイ竹箸作りワーク・・・真竹で自分だけのオリジナルの箸を作ります。(100円の予定、数量限定です。)
マイ箸袋チクチクワーク・・・・・自分だけのオリジナルのマイ箸袋作りが出来ます。(500円の予定、数量限定です。)
●販売
パーマカルチャー関連書籍の販売、パーマカルチャーDVDの販売。
理事長の松下さんが百万番長になってしまいました。
TEAM GOGO みんなで動けばちょっと変わるの募金箱も置いていますので、ぜひ募金してください。
★TEAM GOGO!参加者募集のチラシも参考にして下さい。
http://www.teamgogo.net/tool/0326_OMOTE.PDF
http://www.teamgogo.net/tool/0326_URA.PDF
http://teamgogo.net/tool/0326_bosyu.PDF
是非エコフリーマーケットへ足を運んでくださいねー。

エコフリマで物販中心のイベントでしたが、PCNQのブースではストローベイルの実物を持ち込んでのパーティション作成、パーマカルチャー関連の資料展示、ミミズコンポストの展示、マイ箸、マイ箸袋手作りワークとPCNQらしい活動をしてきました。
特にたけ箸作りは好評で、小さい子供から大人まで楽しんで参加してもらいました。80才台の方は懐かしく昔を思い出すと言ってられました。自分の作った箸で食べる料理はひと味違うかも?
竹箸作り100円の料金はチームGOGOに募金しました。
mixiで書き込みを見て、北九州からわざわざミミズコンポストを見にきましたと言う方も居られました。感謝です。

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